「頭の良い人はシンプルに生きる」読書レビュー

こんにちはノッポです٩( ᐛ )و

今回は著者ウエイン・W・ダイアー(訳、解説 渡辺 昇一)さんの「頭のいい人はシンプルに生きる」を読んだので、心に残った言葉や自分なりにどうやって日常生活に取り入れて行くかを含めてレビューしたいと思います。

この本は自分の意思や人生を他人によってかき乱されたり操られている人のことを「他人の意のままになる犠牲者」と表現していて、このような状態になぜ陥ってしまうのか?またどうやったら抜け出せるのかを心理学博士であるダイアーさんの視点から紐解いていきます!
全てが当てはまる訳ではないと思いますが、3つか4つは自分の「何か」を解決してくれるヒントになる本だと思います。
7章ある項目から僕の気になったところを紹介したいと思います。

目次

・「いい人生」を生きるための約束事
・自分の力を100パーセント発揮できる「環境づくり」
・自分には「なりたい人になる力」がある
・簡単にできる「心の鍛え方」
・「恐れ虫」の実体は?
・無駄なエネルギーは使わない
・「クヨクヨ名簿」から自分の名前を取り除く
・「自分は自分と」賢く割り切る
・「自分自身の満足感」こそ確かなものさし
・もっと「動ける人」になる
・「自分の価値」をどこまで信頼できるか
・生きるのが断然ラクになる「現実」との付き合い方
・一番実力を発揮できる「自然体」の作り方
・人生で成功する人の「いい習慣」
・毎日を「一番ポジティブな自分」で生きる!
・まとめ

・「いい人生」を生きるための約束事

SIGMA 30mm F1.4 DC HSM art

自分の力を100パーセント発揮できる「環境づくり」

ここでは自分の力を100パーセント発揮できる「環境づくり」ができるようになる「心構え」が書かれています。
「自由とは、何ら邪魔されることなく、あなたの意のままにあなた自身の人生を送ることだ。そうでない生活は、すべて奴隷の生活にすぎない。」…厳しいですね(T ^ T)
自由に生きようとしても、何ものかに束縛されているのなら自分を支配できておらず「犠牲」になっているという、しかしここでの「自由」とは家族や仲間に対する責任から逃れるという意味ではなく、自分自身と彼らとで意見が食い違った時に、完全に従わなければならないという訳ではなく、責任をはたしながら自由でいられる方法があることを示しています。
「責任」を正しく解釈して、果たしている者は親だからとか、部下だからとか、大人だからという束縛から開放されており、世間的に定義された役割にも規制されず、自分なりの責任感を持って行動していれば他人がどう思っていようと、一向に気にしないしその必要もない!というものです。

自分には「なりたい人になる力」がある

人はみななりたい人になれる力があると書いてあり、またその為には幸福、健康、自己発揮を求める姿勢、さらに不当に扱われないように求める姿勢が必要だと言っています。
その為には次の4つのメカニズムを使うことだと…

1、あなたの身体はあなたがまだ知らないパワーを秘めている
ここでは息子とアメリカを車で旅行した初老の夫婦の過去の話を例に出して、車の下敷きになってしまった息子を、老夫婦は一瞬も躊躇せずに車を持ち上げることができたと、日本で言う「火事場の馬鹿力」ですね。
また病気についても、「健康を期待する心の持ち方によって、病気の犠牲にならずにすむことだってあるのだ。」と書かれています。そう「病は気から」!!

2、要は自分の”グレープフルーツ”への期待、絞り方、活かし方だ!
ここでも過去に起きた事柄を例に出してメカニズムの説明をしています。
ある教師が2つの名簿を手渡され、1つはあるクラスの知能指数を記入した名簿、もう1つはロッカーの番号が記された名簿だった。教師は第一クラスには知能指数の名簿を、第二クラスには間違えてロッカーの番号が記された名簿を配ってしまいました。すると一年後、第一クラスは当然、知能指数が高い者が成績がよかった。しかし第二クラスは偶然では片付けられないほどはっきりと結果が出ていた、ロッカーの番号が大きかった生徒が、番号が小さかった生徒より断然良い成績を残していたのです。
このことから、馬鹿だと言われ、自分でもそう思い込んでしまうと、誰でもそれ以上のことができなくなってしまうということを物語っています。たかがグレープフルーツほどしかない人間の脳味噌の力は驚異的で、「自分で選択したことは何でもできる。」と信頼することが大事だと述べています。

3、感情はブレーキにもなればアクセルにもなる。
恐怖、怒り、罪悪感、悩み、などの感情に振り回されていたら日常生活のブレーキになってしまいます。
そのように不安に陥るのではないかと想像することをやめれば自分を生かせる人間になれるのです。

4、自分で自分を惨めな鋳型にはめ込むな。
自分のことを自分で惨めな存在だと考えてしまうことは、自分自身が自らを惨めな存在にしてしまっているということです。
もし自分自身を上級、中級、下級のどれかに分類したら、おそらく自分の選んだ生活様式に一生とらわれ続けることになるだろう。

・簡単にできる「心の鍛え方」

「恐れ虫」の実体は?

行動できない理由として多いのが「〜したら大変なことになってしまうのではないか?」という実体のない恐怖にとらわれてしまうことではないでしょうか?
ここではそのような感情に支配されている人の典型的な心の内の例を挙げています。
・私はきっと失敗するだろう
・人から愚か者だと思われるだろう
・私は魅力的ではない
・私には確信がない
・私は傷つけられるだろう
・人は私を嫌うに違いない
・私は罪悪感に苛まれることだろう
・私は何もかも失ってしまうだろう
・人は私に腹を立てるだろう
・私は失業してしまうだろう
・私がそれをしたら悪いことが起きるだろう
・それを口に出すと最悪な気分になるに違いない
・自己嫌悪に耐えかねないだろう
未来のことなど誰にもわからないのだからこのような考えは最初の一歩を踏み出すことの足枷にしかならない、まずは自分の中の恐怖心を追い払う必要があると示されています。

・無駄なエネルギーは使わない

静岡県 三島市 楽寿園

「クヨクヨ名簿」から自分の名前を取り除く

自分を犠牲者にしてしまう方法として、社会で頻繁に用いられる方法の一つに、どうしようもない事実や、過去の言動、出来事について触れることである、この悪質な犠牲の罠にかからないようにする為には、その種の会話に引き込まれないことだと述べています。
どうにもならない過去の行動にいちいち文句をつけて、あなたを守勢に回らせようとしているのだ。
また動物から学ぶことも多く、ウォルト・ホイットマンの「草の葉」の1節を紹介していました。

動物とともに生活できたらいいなと思う、彼らは落ち着いていて無口だ。
長い間、立ったまま私は彼らに見とれてしまう。
彼らは、自分たちの境遇について、悩んだり、泣き言を言ったりしない。
彼らには、暗闇で眠れぬ夜はなく、罪に涙することもない。
彼らは、神への務めを討論して、私をうんざりさせることもない。
誰も不満に思うことなく、誰も物欲に狂ったりはしない。
誰も他のものや、何千年も前に生きていた同族のものをたてまつることはしない。
誰もこの地球上で格好つけたりする者はなく、また不幸なものもない。

・「自分は自分」と賢く割り切る

薪割り

「自分自身の満足感」こそ確かなものさし

私たちは自分が利口なのかどうかを判断するのに、他人と自分を比較して決める「比較観察」を行ってしまいがちですが、これは間違っていると書かれています。
このような一般平均で自分を評価するのではなく、自分を計るもっとも大切なバロメーターは、今の生き方に対する自分自身の「満足感」であるといいます。
周りがこうだからといってあなたも同じになる必要はないと、また犠牲者になるまいと「自己強制的」「規格外人間」を装うことも、”自己比較ゲーム”の犠牲者になってしまうのです。

・もっと「動ける」人になる

「自分の価値」をどこまで信頼できるか

この章では「静かに自己発揮」することへの重要性が書かれています。
ここで大事なのは「静かに」ということで、自分の功績を意義あるものと確認するのに、それを他人に言う必要はないということです。
自尊心が欠けている人は自分に自信がないので「自分の評価を他人に立証してもらいたがる」という被害者になってしまうので、結果他人の目が気になって行動できないという悪循環に繋がってしまいます。

生きるのが断然ラクになる「現実」との付き合い方

静岡県 三島市 楽寿園

一番実力を発揮できる「自然体」の作り方

この章は僕が趣味でやっているスケートボードにも通じるものがありました!
ここでは車の運転を例えに「自然体」について説明しています。
「車の運転のような、日常的な活動について考えるとよくわかる。頭を使い、訓練をして、いったん運転方法を覚えてしまえば、運転中に身体が何をどうやって動かしているか、など考えたりはしない。ただ、なすがままに任せているはずだ。」
確かに…車でカーブを曲がるときにハンドルはこのくらいきって、アクセルからブレーキへ、またアクセルを踏んで、、、などと細かく考えていたら混乱してしまう。スケートボードにしてもオーリー(ジャンプ)をする時は、原理としてのやり方は頭で理解はしているが、後ろ足で蹴って前足で擦り上げて空中で板を並行にしてなど細かく考えてはいられない、考えられることは高さや、空中での形など大事にしたいポイントぐらいのものだ。
自然体を作り出す上で必要になってくるのが「集中力を養うこと」がいちばんの方法だと書かれています。集中力というものは、思考したり理論立てしたりするよりもむしろ瞑想に近い事になる。
集中力とは問題のあらゆる面を熟考したり、分析したり抽出してみたりするのとは全くの逆なのです。無意識とは、まさしくプレー中に何も考えず身体の赴くままに任せるというのが大事である。

人生で成功する人の「いい習慣」

毎日を「一番ポジティブな自分」で生きる!

生活のあらゆる場面で、どれだけクリエイティブで活気に溢れることができるかはあなた自身がどのような姿勢を選択するのかにかかっています。
そうした姿勢で生活しているかどうかは上手くいっている時の方よりも辛い思いをしている時の方がわかります。
そういった状況を上手く利用して怠りなく身構える姿勢をとることが一番大事だと書かれています。悪い状況に振り回されて俯いてばかりいればいつまでも「犠牲者」のままなのです。

まとめ

この本を読み終えて、「確かに」「なるほど」と思っている反面、「わかっててもできないんだよなぁ」ということは多々ありましたが、今自分ができることを一つでも実践できれば何かしらの変化が起きるかもしれないとも思わせてくれました。
日常生活に潜む「犠牲者」になってしまう瞬間はたくさんありますが、自分がやりたい事が邪魔されそうになったり、他人の目が気になってあと一歩が踏み出せない時、この本を思い出してその一歩を踏み出しましょう!!

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